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マシュマロ 15話

柔らかな髪を指で梳く様にすると、榎木津は瞼を持ち上げた。
目の前に益田が、少し照れたような表情で榎木津を見つめて居る。
ーーーああ、僕は意識を飛ばしていたのか・・・そう思うと腹が立って目の前の下僕のうっとおしい前髪を引っ張ってやる。
 「いててっ」
身体が、怠い。この馬鹿のせいだ。
 「フン」と枕に顔を伏せる。
 「あらら、お顔、見せて下さいよう」
 「五月蠅いぞ、このカマ!」
伏せた顔の代わりに益田は榎木津の首筋に唇を落とす。白く細い項に何度も口づける。
 「しつこいッ」
顔を上げるとそこを狙って顔中に唇を落とす。「ううっ」と抗議の唸り声を上げる。
十歳以上も年の離れた若者にあられもない姿を晒し、縋り付いて醜態を見せてしまった。
益田は赤くなった榎木津の顔を見てケケケと八重歯を見せ乍ら笑う。榎木津はむっとし乍ら起き上がろうとするが、肌を晒すのが嫌なのか躊躇った。益田は裸の榎木津を気遣って床に散乱している衣服の中からローブを拾い、榎木津に纏わせる。
「これでいいですか」
益田はシャツとズボン姿だ。
 「うん・・・」
 「---風呂入りますか?」
 「いい、明日にするーーーもう、寝るゾ」
そう言って再び寝具に丸まった。益田は寝台の上に座ったままだ。
 「・・・おい、お前も寝ろ!」
 「は、はいーーーあの」
 「何だ?」
 「ご一緒にーーー寝ても?」
 「うーーー」
少し言葉に詰まり、寝具を捲り、イイぞと答えると益田は躾けられた犬が、ヨシ、と言われた様な様子で寝具に潜り込む。そのままちゅっと唇を重ねて来る。
 「ンンッーーこの馬鹿ッ」
悪態を吐きながらも受け入れる。
ーーーこいつの唇や舌は何だか甘い。マシュマロのようにふわふわと、溶けて身体中に広がる様な感覚がする。身体を引き寄せられ、おでこ同士をくっつけると、その心地よさに榎木津は目を瞑る。
 「好きですよ、榎木津さん」
 「ん・・・・。」
ふわふわと包み込まれているようで安心する。
寝入ってしまった榎木津の髪を、その眠りを妨げないように指で梳く。益田は、ふふっと笑った。
 「ああ、幸せだなあ」
と呟きながら、飽きずに探偵の顔を見続けた。


 「で、ここで、あのイカレたオジさんが、にゃんこ、にゃんこだ、マスヤマ捕まえろッっつって言ったんですねえ」
探偵の物真似をし乍ら益田は鞭を片手に、講釈師さながら先日起きた、探偵が呑み屋に行く途中で猫を見つけて追いかける話を和寅相手にしている。
本日は四時から依頼人が来るので、それまでは暇だった。榎木津は中野の中禅寺の家に遊びに行って留守にしている。
 「何だね、益田君、今日はやけに元気だねえーーー先生が本屋の先生の所へ出掛けて行って、てっきりしょげているかと思いきや随分と元気だなあ」
 「やだなあ、僕だって分別はつけますよ。あの人にいちいち妬いていては、身が持たんですし」
榎木津との関係を隠そうともしない益田に和寅はうんざりとした表情をする。
 「そんなに浮かれていると、足元が覚束なくなるよ。心配だなあ、君は迂闊な事をするからなあ、どうなっても知らないよ。」


中野・・・古本屋件神社の神主、中禅寺秋彦の家で探偵はすやすやと眠っている。
家の主は相変わらず世界の終わりを幾度も経験したかの如く険しい表情をしている。この家で探偵が居眠りをしているのはいつもの事なので、中禅寺は探偵に構わず本を読んでいる。
 「ごめん下さい」
表の玄関で、いささか軽薄な調子の声がする。生憎妻の千鶴子は出掛けてしまっているので
 「這入り給たまえ」
と、良く通る声で返事をする。
 「お邪魔します」
鳥口守彦が部屋に這入って来た。
 「どうも、師匠、今日はちょっと大将についてーーーうへえ!大将居たんですかッ!?」
その声に探偵はむっくりと起き上がる。
 「んー何だ、トリちゃんじゃないか、僕は眠いんだから勝手にそこの馬鹿本屋と話をしていなさい、わかったね!」
鳥口は榎木津の姿を見ると顔を赤くする。
 「い、いや、大将、今日はですね、その師匠にお願いして大将を是非ともうちの社でモデルをして頂きたいとーーーそれで、師匠に大将を説得してもらってですねーーーその、モデルとしてうちの会社に専属で来て頂きたいと思いましてーーー」
中禅寺は片眉を吊り上げて鳥口に一瞥をくれる。
 「この男に説得など出来る訳がないだろう、鳥口君。それに僕はそんな役は御免だよ。」
んーー?と榎木津は何で僕がモデルなんかと呟くと、鳥口の姿をじっと見て、頭の上に視線をずらし、半眼になって見つめる。見る見るうちに榎木津は顔が赤くなる。
 「な、何で!何で、トリちゃんが知って居るのだッ!」
物凄い勢いで起き上がると津軽塗りの膳の上にダンッと凄い音を立てて片足を乗せる。
 「シャシンだなッ!---あっあのーーー」
あの馬鹿ーーーーッ!
と大きな声で叫ぶと縁側から飛び出して行ってしまった。
 「うへえ、益田君、バレちゃったよ!」
その後の修羅場を想像して鳥口は身震いをする。中禅寺は気にする訳でもなく本を読み続けていた。


益田は密かにあの時の夜の写真を取り出して、にんまりと笑った。
その直ぐ後に起こる、惨劇を知らずにーーー。


                                                                               完
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益榎 | コメント(0) | 2018/08/25 14:10
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