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したい益田君その1


「益田君、もうすぐ依頼人の方が来られる頃だから先生を起こしにいっちゃあくれないか」

益田は細い眉毛を露骨に顰め乍ら

 「ええー、僕は嫌ですよぉ、あんな寝起きの悪いおじさん起こすのは。和寅さんの方が慣れているでしょうに」

ほうっと探偵の秘書件お守役の和寅青年はその大きな目を半眼にしながら呆れ顔で言う

 「最近先生のご寝所に入り浸っているのはどこのどいつだろうねえ」

 「・・・起こしに行ってきます」

そそくさと益田は榎木津の私室へと入っていった。

 「失礼しますよ」

布団の上掛けが乱れて長い脚が投げ出されている。相変わらず寝汚い姿だなと思いながらもその肌の白さと明るい場所で見るしなやかできめの細かい皮膚に目が行ってごくりと唾を飲み込んだ。

 カーテンの隙間から照らし出されたその容貌はまるで基督教の宗教画の天使に似ている。栗色の柔らかな髪。大きな飴色の瞳は今は閉じられて長い睫の下に隠されている。柔らかい桃色の唇・・・・。

思わず触れたくなったが、ゴホン、と一つ咳をつき気を取り直して榎木津の寝台に近付いて比較的大きな声で

 「榎木津さん、起きて下さいよ」

 「んんーっ」

探偵は僅かに身じろいだが起きる気配はない。益田は身体を揺さぶったが、うにゃあとへんな声を上げるばかりでちっとも起きる気配がない。・・・やれやれ。

 「榎木津さん」

耳元で声を掛ける。

 「起きないと・・・しますよ」

探偵閣下の目がパチリと開いた。


物凄い音がしたかと思うと、益田が榎木津の部屋から転がり出て来た。ひいひい言っている。

 「待てこの、変態変質狂男!この助平!神自ら成敗してやるゾ!」

続いて叫びながら下履き一枚の姿で榎木津が益田を追いかけながらそこら辺にある物を益田に投げつけている。呆れて見て居た和寅の真後ろに廻り込んで益田は和寅を盾にする。

相変わらず卑怯だ。机の上にある探偵と書かれた三角錐が投げられて和寅はひょいっと避けて、見事に尖った部分が益田の頭に突き刺さる様に当たった。益田はひっくり返った虫のようにバタバタとしている。

 「わはは、虫だ、虫がこんなところに二匹も居るぞ、油虫に助平虫だな、このカマオロカ助平虫!」

 「助平虫なんたァ虫居ないですよ」

益田は床から起き上がって三角錐をぶつけられた箇所を痛そうに撫でながら憮然としている。

 「なんだ、開き直るのか、この変態色情狂!お前なんかこうだ!」

華奢な身体に似合わず探偵はソファーを軽々と持ち上げ益田にぶつけようとする。

わあ、と益田は床に座り込んでごめんなさいと繰り返し言っている。和寅はこれには流石に驚いて慌てて榎木津を取り押さえる。

 「まあまあ、先生、見れば下履き一枚じゃないですか、依頼人もやって来ることですしここは押さえてお着替えをして下さいよ」

そう言うと探偵閣下は、フンッと鼻を鳴らしソファーを下に降ろした。

 「益田君も何だね、そんなにいやらしい事を言ったのかね、まったく君の調子の良さには呆れるよ」

ぶつくさ言いながら探偵が散らかした物を元の位置に戻している。

益田は再び開き直る様に憮然とした態度でソファーに座り込んで横を向いた。反抗的である。

その態度に腹を立てた榎木津を宥めながら和寅は早く服を着る様に促した。

 「だって、したいじゃアないですか、最近ずっとしていないんですよ」

呆気にとられた榎木津と和寅は二人とも口をあんぐりと開けた。

 「な、何を言っとるのかね益田君」

和寅が動揺しながらも聞いた。・・・何という破廉恥な事を言うのだ。

 「したいですよ。」

横を向き少し顔を赤らめながら益田は言った。

 「ほっぺにチュウ」

 「はあ?」

間の抜けた声が和寅から発せられた。榎木津に至っては探偵の椅子に座り込んだ。深い溜息をついた。・・・なんだ、ほっぺにチュウか・・・・。何だ、そんなことか。

 「助平で悪かったですね、僕ァおじさんと違って若いんですよ・・・」

うじうじと益田が呟いている。探偵は立ち上がり、床を素足でぺたぺたと足音を立てて益田に近付くと益田の襟首を掴み、そのまま自室へと引き摺って行く。

わああ、暴力反対ーと叫びながら榎木津に引き摺られて自室へと連れられてゆく益田を見ながら和寅は溜息を吐く。

榎木津は乱暴に益田を寝台の上に投げ飛ばす。寝台がぎしりっと悲鳴を上げる。

 「わあ、こんなところで蛸殴りですか!やめてえ!」

情けない声を上げている益田に伸し掛かり、なおもひいひい言って居る益田に一瞥をくれてから、両腕を掴み上げて寝台に押し付けると、榎木津は乱暴に益田の唇を己の唇で塞ぐ。

 「う、うううん?」

益田は最初、何をされているのか見当が付かず驚いた表情をしていたが、やがて己の状況を理解し、沸々と沸き起こる感情に支配される。・・・くちづけをされている。

凄く、幸せ。

やがて、唇が離れていく。ぼんやりとした頭のまま。今度は益田の耳元で榎木津が囁く。

 「今夜、来なさい」

 「へっ?」

 「だからっ、夜・・・・」

 「えええええ」

 「五月蠅いぞ」

えええ、ほっぺにチュウだけで良かったのに、えええええ?

滅茶苦茶幸せなんですけど。おや、あんた顔が赤いですよ。そう言う僕もきっと真っ赤なんでしょうが。

 「着替えるから出てけ!この下僕!」


部屋から追い出されて益田はぼんやりとしたまま、湧き上がる幸福感に包まれていた。

 「やれやれ、情けない顔をして。」

和寅が呆れた顔をしながら台所へと向かう。

きっと、とてつもなくにやけた顔をしているのだろう。僕は。


探偵の私室からうにゃあという声が聞こえた。服を選んで悩んでいるのか、それとも・・・・。


あの馬鹿オロカめ。と聞こえた気がした。

 













 




























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益榎 | コメント(0) | 2018/08/28 10:57
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