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マシュマロ 3話

唇をずらし、榎木津の口から零れたワインの紅い筋を舌で舐め上げる。そのまま首筋に唇と舌を這わせる。榎木津の身体が震え出した。
 「あっ・・・やめっ、マスヤマ」
 「榎木津さん、あんたマシュマロみたいです、柔らかくて甘い・・・」
 「こっこのッ」
馬鹿ッ!と思いっきり頭を殴られた。益田は目の前で星が舞うのをクラクラしながら眺めながら
 「いててっ」
と殴られた箇所を押さえた。
 「何しているこの馬鹿カマオロカ!いやらしいったらないぞ!」
 「だってぇ、榎木津さん・・・」
 「だってもさってもない、いやらしいぞこのカマ!」
益田は身を竦ませもじもじしながら
 「少しくらい良いじゃァないですか、僕ぁ何時でもあんたの事考えすぎておかしくなりそうですよ」
顔を上気させながら榎木津は横を向いた。ご機嫌ナナメだ。
 「フン、お前なんか知らないよーーーもういい、寝るッ!」
そう言うと益田に背を向けどかどかと音を立てて自室へと向かう。
 「待ってくださいよ、榎木津さぁん」
益田は見捨てられた子供のように榎木津に追い縋ろうとしたが、バタンと無情にも扉が閉められる。
 「榎木津さん・・・」
榎木津の自室の前に座り込む。はあ、と深い溜息を吐く。暫くその部屋の前から動けなかった。
性急すぎたのかーーー床に視線を落とし、再び溜息が出る。
想いが通じ合い、身体も重ね合った。何度か寝所を共にしたが。お互いに慣れていない。
誘うのはいつも僕から。
何だか独り相撲を取っているようで虚しさを感じる。
欲しがるのは僕の我儘なのだろうかーーーせめて抱き締めて唇を重ねる事くらい許して欲しいなどと、自分勝手な思考に陥り自己嫌悪に苛まれる。
 「あーあ」
わざと大きく伸びをして扉から離れる。立ち上り、探偵の机へ向かうと、片付けを始める。酒の瓶を収納棚に納めて、氷入れと水差しを流し台に置く。グラスの榎木津の唇が触れていた箇所を人差し指でなぞる。---ああ、女々しい!想いを振り切る様にグラスをがしゃんと音を立てて乱暴に置いた。後は和寅がやってくれるだろう。
酒と水で濡れている床を雑巾で拭く。先程のだらしない探偵を思い出して、ふふ、と笑う。可愛い人だと心底思った。
探偵の椅子に座り出したままの瓶に入ったマシュマロを一つ手に取り、口に入れる。
何だかとても苦い味がした。
結局事務所に近い場所にある下宿には戻らず、ソファーに毛布を引っ被って横になった。この応接室の直ぐ傍の部屋にはあの人の自室がある。
 「榎木津さん・・・」
ぎゅっと益田は毛布を握り締めた。近くに居るのに酷く遠い。そう感じられた。


 「益田君、どうかしたのかね、何だか元気がないなあ」
和寅が濃い眉毛を顰めて繁々と益田を見ている。
 「何でもないですよ、ちょっと昨晩寝られなくッて」
ふあっと欠伸をし乍ら倦みつかれた顔で答える。益田はソフアーに凭れ掛かり、乗馬用の鞭を弄り乍ら事務所の掛け時計に目をやる。十時半ーーー。
榎木津が起きて来るのは昼くらいだろう。昨夜、無体な事をしでかした益田にとっては榎木津に合わせる顔は持ち合わせては居ない。---ああ、どうしよう。もしかしたら放逐されるかもしれない。
 「益田君、君大丈夫かい?顔色が悪いぜ?少し私の部屋で横になったらどうだね?」
 「だ、大丈夫です、和寅さん、嫌だなあ、僕ァ元気ですよ、元気。」
へらへらといつも通りの態度で切り返す。
 「それならいいけどもねえ」
和寅が不審な目を向けて来る。その視線に耐え切れなくなった時、事務所のカウベルがカランと鳴った。
 「いらっしゃいませー」
天の助けと言わんばかりの軽快な調子で益田が出迎える。客だ。扉を閉じて小柄な婦人が少し俯き加減で立っていた。
 「さあさあ、どうぞこちらへ」
和寅はソファーへと案内をする。お勝手へ茶の用意しに行く和寅が益田とすれ違いざま
 「君の得意な浮気調査だろうね」
と、耳打ちする。まあ、そうだろうなと見当をつけていつもの調子で依頼人らしき女性に
 「どうも、薔薇十字探偵社の探偵助手の益田です。探偵は今、取り込み中でして・・・代わりに僕がお話をお伺い致しますので御安心ください」
と挨拶をした。婦人は
 「今田です」と小さな声で答えた。年の頃は三十代後半か。白いブラウスと薄茶のスカートといったありふれた服装だったが、上品な雰囲気を供えていた。長い髪を一つに纏め上げている。美しい顔立ちだがどこか倦み付かれた様な印象を見たものに与える。
 「本日はどういった御用件で?調査依頼ですか?何でも調査致しますよ。」
 「何でも・・・ですか?」
 「ええ、何でもです、潜入も致しますよ、僕ァ潜入調査も得意でしてね」
 「そう・・・ですか・・・でも、こんなお話お引き受けして頂けるかどうか・・・」
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益榎 | コメント(0) | 2018/08/14 14:54
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